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名古屋地方裁判所 昭和35年(モ)502号 判決

債権者 矢崎孝彦

債務者 杉浦自動車株式会社

主文

一、当裁判所が債権者債務者間の昭和三五年(ヨ)第一九三号動産仮処分申請事件について同年三月八日にした仮処分決定を、次のとおり変更する。

債務者の別紙目録記載の物件に対する占有を解いて、債権者の委任する名古屋地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。

執行吏は別紙目録記載一乃至一八の各物件につきその現状を変更しないことを条件として債務者にその使用を許さなければならず、債務者においてその現状を変更したときは債務者に対しその使用の禁止することができる。

執行吏はその保管に係ることを公示するため適当の方法をとるべく、債務者は前項記載の物件に対する占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。

二、訴訟費用はこれを二分し、その一を債権者、その一を債務者の各負担とする。

三、この判決は、第一項に限り、仮にこれを執行することができる。

事実

第一、債権者訴訟代理人らは主文第一項掲記の仮処分決定はこれを認可する旨の判決を求め、その理由として、

一、債務者は自動車修理業を営んでいた会社であるところ、営業不振のため多額の債務を負担するに至り、債務者会社の代表取締役杉浦道頼は昭和三四年一一月頃債権者の義兄にあたる河野陽明に対し資金の融通方を申入れてきたが、債務者の自動車修理工場として使用中の杉浦個人所有名義の土地建物も他の債権者のため三番抵当権まで設定せられ、当時強制競売中であつたため、河野は右申出を拒絶した。ところが、その後杉浦から河野に対し右土地建物の買取方交渉があつたので、同人の仲介により債権者及びその義兄河野洲茂の両名は右土地建物内で自動車修理業を共同で始めることを計画し、昭和三四年一二月一日杉浦から右土地建物を抵当権付債務及び強制競売債権者に対する債務合計金二七〇万円を債権者らにおいて引受けることを条件として代金一〇〇万円で買受けることを約し、同日杉浦に対し右代金全額を支払い、これが移転登記手続を完了した。

二、これに引続き、債務者から債権者らに対し債務者会社備付の機械、器具、部品等前記建物内にある動産類一切の買取方を申入れてきたので、それらが債権者らにとつて将来自動車修理業を営むに必要な物品ばかりであるところから、債権者は昭和三四年一二月二日債務者から別紙目録記載の物件(以下、単に本件物件という)の外、債務者の有する売掛代金債権等を代金三〇万円で買受けることを約し、同日債務者に対し右代金全額を支払い、債務者からこれが引渡を受けた。

三、そこで、債務者はその営業を廃止するとともに、多額の負債を整理した上、解散し、その帳簿、従業員は債権者らが新設する会社に昭和三五年二月二〇日までに引継ぎ、杉浦も右新設会社に雇入れることとし、債権者らは債務者方に連日出向し負債整理、工場整備に努力し、着々新会社設立を進めていた。

四、ところが、杉浦は昭和三五年二月二〇日債権者らと約束した帳簿、従業員等の引継もせず、突然行方を暗ましたが、同年三月一日名古屋地方裁判所一宮支部に対し債権者らを相手方として前記土地建物は売渡したものでなく、借入金の担保に差入れたに過ぎないものであると称して右土地建物への立入禁止等の仮処分を申請した上、債権者らに対しこれが執行をするに至つた。

五、以上のような次第で、本件物件は債権者が債務者から買受け、一旦引渡を受けたものであるにも拘らず、債権者は債務者からその占有を奪われているので、債務者を被告として本件物件の所有権に基きその引渡を求める本訴を提起しようと準備中であるが、債務者において工場として使用している前記土地建物が前叙のとおり仮処分執行中のため債務者はその操業を停止している状態で、右工場内に所在する本件物件は保管人のないまゝ放置され、殊にそのうち機械器具類は精密機械の部類に属し、取扱上相当な注意を要し、又部分品、工具類は数も多く、小型で、いずれも消耗性をもち、散逸紛失すること必至であり、かくては、たとえ本案訴訟において原告勝訴の判決を受けても、その執行が不能若くは著しく困難となる虞れがあるので、これが執行を保全するため、本件仮処分の申請に及んだところ、当裁判所は昭和三五年三月八日「債務者の本件物件に対する占有を解いて債権者の委任する名古屋地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏はその保管に係ることを公示するため適当な方法をとらなければならない。」旨の仮処分決定をしたが、右仮処分決定はもとより正当であるから、その認可を求める。

と陳述した。〈立証省略〉

第二、債務者訴訟代理人は「主文第一項掲記の仮処分決定を次のとおり変更する。即ち右原決定第一、二項はその儘にてこれに附加して、受任執行吏はその現状を変更しないことを条件として債務者にその使用を許さなければならない。」との判決を求め、答弁として、

一、債権者が本件仮処分申請の理由として主張する被保全権利の存在については本件においては、あえて争わない。

二、しかしながら、本件仮処分については次のような理由により必要な範囲を逸脱しているものというべきである。即ち、

(1)  債権者は本件仮処分の必要性につき、「債務者において工場として使用している土地建物が仮処分執行中であるため、債務者はその操業を停止しており、右工場内に所在する本件物件は保管人のないまま放置され、散逸紛失の虞れが多分にある。」と主張するが、右仮処分が債権者の工場内への立入を禁じているだけであつて、債務者の右工場使用を禁止していないことは該決定自体によつて明らかであり、未だかつて債務者が操業を休止した事実はなく、債権者の右主張は全く虚偽である。

(2)  債務者は前記のとおり本来の営業である自動車修理業を操業中のところ、本件仮処分決定の執行により、その業務に必要不可欠の工具類を取上げられ、操業上著しい困難をきたし、ために債務者会社代表者は勿論、会社従業員も路頭に迷うの結果に立至るべく、かくては債務者にとつては恰も本案訴訟に敗訴したと同様の苦痛を蒙ることとなる一方、債務者に本件物件の使用を許しても、債権者にさして重大な損害を与えるとも考えられない。

されば、債務者の本件物件に対する占有を解いて執行吏にその保管を命じた本件仮処分決定は債務者に本件物件の使用を禁じている点においてその必要性を欠き、債務者は右仮処分によつて蒙る損害を必要最少限度に阻止するため、申立の趣旨記載のとおりの裁判を求める。

と述べた。〈立証省略〉

理由

一、債権者が本件仮処分申請の理由として、主張する被保全権利の存在については、債務者においてこれを争わない。

二、そこで、本件仮処分の必要性の有無、程度について判断する。本件仮処分の被保全権利は本件物件の所有権に基く引渡請求権であることは当裁判所に顕著な事実であるところ、債権者の右権利の実行を保全するためには債権者をして本件物件の現状を変更せしめないことが最少限度必要であることは右の被保全権利自体からみて明らかなところであるが、本件の如き目的物件が動産の場合には、不動産に比し形も小さく且つ移動も容易であるところから、これが使用を債務者に許すときは執行保全の目的達成を不能ならしめることが多いので、債務者から該物件を取上げてその使用を禁ずる趣旨の仮処分をなす必要のあることもある。しかし、かかる仮処分は時によつては債務者の事業に致命傷を与え、生活権を極度に脅かす場合も多いのであるから、これを発するには証明に近い疏明が要求せられ、これを必要とする顕著な事情が認められない限り容易に発すべきでないものと解すべきである。これを要するに、仮処分の内容はそれによつて執行保全の目的が達せられるならば、それで足りるのであつて、無用に債務者に苦痛乃至損害を与えるような内容をもつた仮処分は許されないこというまでもないので、仮処分命令裁判所は使用禁止仮処分によつて受ける債権者と債務者の利害得失、保護の程度等を比較考量した上、慎重に保全の必要性を判断し、仮処分の内容を決すべきである。

これを本件についてみるに、成立に争のない疏甲第五号証の一によれば、債務者会社の代表取締役杉浦道頼が名古屋地方裁判所一宮支部に対し債権者外二名を相手方として、本件物件の所在する債務者使用中の工場に対する杉浦の占有を解き執行吏にその保管を命じ、債権者らの右工楊への立入を禁止する等を趣旨とする仮処分命令の申請をしたところ、同裁判所はその旨の仮処分決定をなしたことが明らかであるが、成立に争のない疏甲第二号証の五によれば、右仮処分の執行に当り受任執行吏は杉浦に右工楊の使用を許していることが窺われ、証人山路照夫、同杉浦小たま、同市川一三、同鷲見米一、同松岡正夫の各証言、債務者会社代表者本人尋問の結果を綜合すれば、債務者にあつてはその後においても、本件仮処分が執行されるに至るまでその間継続して七、八名の従業員を使用し右工場内において自動車修理業を営んでいたこと、本件物件は債務者がその業務を遂行してゆく上に必要不可欠のものであり、これなくしては営業停止のやむなきに至り、延いては債務者に回復し難い程の損害をもたらし、従業員も失職の危機に曝されることが必至であること、果せるかな債務者は本件仮処分執行後は機械工具類を他から借用して辛じて営業を続けているものの、これが執行によりはかりしれない損害を受けていること、本件物件のうち別紙目録記載一乃至一八の各物件はいずれも自動車修理専用の機械類であり、或いは工場内に附設されたものもあり、そうでなくとも比較的大型の移動にかなり困難を感ずる部類に属するが、同一九乃至三八の各物件は数量も極めて多く形も小さい工具類及び逐次消耗されてゆく自動車整備用の部分品類であること、が夫々一応認められ、他に右疏明を左右するに足る資料はない。

右の事実によれば、別紙目録記載一乃至一八の各種機械類は、これを債務者の使用にまかせるときは幾許かの磨耗、損傷を免れないとしても、債権者において執行吏をして適時目的物を点検させ、現状を変更する虞れがあると認めるときは事前にこれを抑止させることもできるのであるから、そのような措置をとり、執行吏保管の公示さへ確実にしておけば、執行保全の目的は一応達せられるものと認められ、右物件が取上げられて使用できなくなつた場合の債務者の蒙る苦痛乃至損害を考えれば、これが使用を禁止するまでの必要はないものと断ぜざるをえない。もつとも、機械類は、その性質上取扱方法一つで容易に狂いを生じ、短時間にして使用に耐えない状態になり易いので、債務者が特に保全の目的を滅却させるような行為にでもでれば、執行吏において直ちにその使用を禁止させることができるよう予め執行命令を本件仮処分決定中に掲げる必要があるものと認める。

しかし、別紙目録記載一九乃至三八の工具、部品類は、そのうち前者は小型で紛失し易く、後者はその物品の性質上使用を許すこと自体ナンセンスであることが明らかであるので、いずれもこれが使用を債務者に許すときは、後日に至り債権者の有する前示被保全権利の実行を不能ならしめるに近く、債務者も右物件の使用ができなくなつたことによつて受ける損害の如きは保全処分に通常伴う損害としてこれを甘受すべく、右物件に関しては、いずれもその使用を禁ずる必要があるものといわなければならない。

三、以上の理由により、債権者の本件仮処分申請は一部その必要性を欠くこととなるので、該決定全部を取消すことは相当ではないが、これを変更し、別紙目録記載一乃至一八の物件についてのみ債務者に対し現状を変更しないことを条件としてその使用を許し、債務者においてその現状を変更したときはその使用を禁止することにより、債務者の蒙るべき著しい損害を避けるとともに、債権者の権利の実行を保全せしめるを相当とすると認められるので、右の限度において主文第一項掲記の仮処分決定を取消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉浦龍二郎)

目録

一、鉄製エヤーリフト 米国製国際自動車株式会社、一九五五年製 参個

二、鉄製ヘツドライトテスター 日産自動車販売昭和三十年八月製 壱個

三、鉄製コンプレツサー 東洋製作所製 弐個

四、鉄製スチームクリーナー 日本自動車製 壱個

五、鉄製モーター付カーワツシヤー 万才自動車製 壱個

六、鉄製直結ボール盤 参分の壱馬力モーター付 弐個

七、鉄製バイブリフエーザー 万才自動車製 壱個

八、鉄製直結グラインダー 弐分の壱馬力モーター付 壱個

九、鉄製ブラツクホークボートパウー 国際自動車製 壱組

一〇、鉄製音量計 日産自動車製 壱個

一一、鉄製エンジンテスター 米国アーレン電気製 壱個

一二、鉄製エヤーコンプレツサー 東洋製作所製 壱個

一三、ブレーキテスター 壱式

一四、発電機 壱台

一五、タンガー整流器 壱式

一六、チエンブロツク 壱基

一七、自動車吹付器 壱個

一八、バツテリー充電機 壱式

一九、モンキー 約 百点

二〇、ノギス 拾点

二一、ヤスリ 約 百点

二二、ハンマー 約 四拾本

二三、ドライバー 約 百本

二四、スツパナ類 約 百本

二五、カーヒーター 参点

二六、プラグ 約 拾点

二七、ハンドル 約 拾点

二八、メタル類 約 五百点

二九、ギヤー類 約 五拾点

三〇、タイヤ(自動車用) 約 弐拾本

三一、スプリング類大小取混ぜ 約 五百点

三二、ボールト類 約 千点

三三、ナツト類 約 千点

三四、ワツシヤ類 約 千点

三五、ピン類 約 千点

三六、ワイヤ類 約 百点

三七、キヤツプ類 約 百点

三八、電機部品類 約 五百点

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